2006年2月 9日

ご冥福を・・・

アカンわ、今度こそ自分的に重いお方が亡くなられた。
#いや、仰木さんも別に軽かったわけじゃないけど。

元巨人監督、藤田元司さんが死去

74歳だった。
長嶋茂雄監督の後任として巨人監督に就任した1年目の81年に新人の原辰徳内野手(現巨人監督)を擁し、日本一。王貞治監督を後継し2度目の巨人監督を務めた89年にも、近鉄との日本シリーズで3連敗から4連勝の奇跡の逆転日本一を果たした。監督としては通算7年でリーグ優勝4度、日本一2度。96年に野球殿堂入りした。

やはりアレですね・・・大体自分なんかが野球に興味を持ち始めるのが小学生中学生の頃じゃないですか。で、その頃監督だった方が50代、60代なわけでもうそれから15年くらい・・・70歳を越えておられる方が増えてくるわけで。

今はアホみたいにハマファンですが、小中学生時代、鹿児島のド田舎で育った自分にとって「プロ野球」と言えばそりゃ巨人でした。
#クラス34人中巨人ファンが33人(残り1人はトラ党)
その頃の巨人の監督と言えば藤田監督、長嶋監督、王監督。そして強い巨人を見せてくれたのは藤田監督だけでした。
#第三期長嶋政権はそこそこではあったけどね。
特に記事中にある89年の近鉄との日本シリーズは今でも覚えてますね・・・あの頃の巨人は良かった・・・(遠い目

ご冥福をお祈りします。

コメント(2)

宮上個人的なこの人の印象は最悪です。
あまり表情を崩さず冷静にえぐい采配をしてくる姿に
何度怒りを感じたことでしょうか。
当時からスワローズファンだった私は
藤田氏の徹底した左の代打攻勢に寒気すら感じたものです。
これでリードしていた試合をいくつひっくり返されたことか。
この「最悪」というのは敵対する側からしてみれば
むしろ褒め言葉と言っていいでしょう。
その後低迷するGの姿を見ると、
「どうして藤田を監督にしないんだ?」
と思わざるをえなく・・・。

>強い巨人を見せてくれたのは藤田監督だけでした。
ああ、本当に、まったく。
私がアンチになったのも藤田ジャイアンツがあまりに強かったからですもんね。
今考えても隙の無い戦力だったなあ。
その後のGは強い時でも隙がデカいから。

今となっては嫌う理由もありません。
むしろ偉大な敵手に敬意すら感じます。
どうか、安らかに。

宮上さん>

宮上個人的なこの人の印象は最悪です。
あまり表情を崩さず冷静にえぐい采配をしてくる姿に何度怒りを感じたことでしょうか。

ビッグマウスも無く静かに冷静に冷徹に・・・「球界の紳士」とまで言われた御仁ですが、その采配は「勝ち」への執念をコレでもかと感じさせる熱いものでした。

実際のところ、
当時からスワローズファンだった私は藤田氏の徹底した左の代打攻勢に寒気すら感じたものです。
これでリードしていた試合をいくつひっくり返されたことか。
この「最悪」というのは敵対する側からしてみればむしろ褒め言葉と言っていいでしょう。

ですね、言われて本望。勝ちを争う同士、自ずとそうなるでしょう。

その後低迷するGの姿を見ると、「どうして藤田を監督にしないんだ?」と思わざるをえなく・・・。
90年代中盤辺りの長嶋政権で不振な時の口癖は「藤田さんに変えろ」でした(苦笑
ま・・・この辺については、監督が変わったところでフロントの意識が逝っちゃってたから誰がやろうと難しかったでしょうが。

今考えても隙の無い戦力だったなあ。
その後のGは強い時でも隙がデカいから。

スター性というか、、、例えばV9期だとかここ10年くらいの補強だらけだとかのメンバーに比べると、かなり地味だったんですけどね。勿論、原、クロマティ、中畑、江川と言う目立つ選手はいましたが。
派手さはそんなに無いけど、平均して秀でていたのかもしれません。

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